【Twitter初心者向け】落ちこぼれのヒーロー 〜かのうふみやのヒストリーとTwitter戦術〜【月3万円収益化】

  • 2020年1月31日
  • 2020年2月25日
  • Brain
【Twitter初心者向け】落ちこぼれのヒーロー 〜かのうふみやのヒストリーとTwitter戦術〜【月3万円収益化】

【Twitter初心者向け】落ちこぼれのヒーロー 〜かのうふみやのヒストリーとTwitter戦術〜【月3万円収益化】

かのうふみや
2020-01-31 07:05:14
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はじめに

かのう ふみや(@Kano_Fumiya)です^^ 

僕のTwitterアカウントは、現在フォロワー5,800人(現在8,000人越え)を越え、月3万円以上のマネタイズにも成功することができました。

フォロワーさんやリアルの友人から、

Twitterの運用方法やフォロワーの増やし方、マネタイズの仕方を聞かれることも非常に多くなってきました。

そこで、今回僕の知っている情報や実際に実践したことをすべて執筆することにしました。 

値段は、数量限定で980円で販売します!

(限定部数販売終了後1,480円に値上げします!) 

僕はスクール起業してからTwitterを始めて、4年間Twitterを力を入れてやってきました。 

ですが、昨年まで大した成果は見られませんでした。 

何故結果が出なかったのか?

それは、一人で考えていたからです。

成功するための一番の方法は、成功している人に教えてもらうことです。

例えば、サッカーが上手くなりたいと思った時に、

サッカーの上手い人に教えてもらった上で努力する人と、

自分一人で努力する人、どちらが成長が早いでしょうか。 

答えは明白です。 

僕は、本気でTwitterに取り組み結果を出したい。と考えた2018年8月から、自己投資を惜しみませんでした。

有料noteを買ったり、本を買ったり、オンラインサロンに入ったり、セミナーを受講したり。

お金も時間もかけて、結果を出している方から学びました。 

そして10月にはTwitterで収益月1万円を達成しました。 (その後3万円も達成!)

このnoteには、僕が何万円もかけ、時間をかけて学んだノウハウをすべて詰めました。 

そして、自分自身の体験談や実践したこともすべて詰め込みました。 

今まで秘密にしていたこともすべて

今なら、カフェランチくらいの980円で、僕が今まで4年もかけて学び実践してきたことを知ることができます。

人生を変えたい。」「Twitterの運用方法を本気で学びたい」 

そう思っているなら、外食を1回我慢して、このnoteを読んでください。 

僕はSNS(Twitter)に本気で取り組めば、人生を変えられると思っています。 

才能も、経験も、能力も、何もいりません。 

何も無かった僕ができたのだから、あなたも必ずできます。 

あなたの人生が少しでも明るくなり、笑顔で増え、不安が消えることを心から願い、 

約20時間かけて、心を込めて書きました。 

1万5千文字を越える超大作です。

ぜひ読んでください。

「あなたの人生が豊かになりますように。」

かのうふみや

** - 目次 -**
はじめに
第1章|かのうふみやヒストリー
1-1|学生時代
1-2|社会人〜ニート・フリーター時代
1-3|スクール起業〜現在
第2章|フォロワー0〜1,000人に増やす方法
2-1|フォロワー0〜1,000人にする5つの方法
2-2|フォロワー1,000人までのツイート内容
第3章|Twitterマネタイズ法
3-1|2ヶ月でTwitterで月1万円収益化した方法
3-2|かのうふみやが今後取り組むこと
おわりに


第1章|かのうふみやヒストリー

まずは僕の生い立ちについて、すべてをお話ししたいと思います!

以前Twitterで取ったアンケート結果にて、

なんと1番興味を持っていただいていたこの項目でした。 

僕自身に興味を持ってくれた方が多かったことに驚くと共に、喜びでいっぱいです。

本当嬉しいなぁ。 

では、僕のヒストリーをどうぞ。

重たい話もあるかもしれませんが読んでいただけると嬉しいです。

1-1|学生時代

・貧しかった少年時代

僕の家は貧乏だった。

父はサラリーマンには向かない性格で、色んな事業にチャレンジしては失敗し、借金を抱えてしまった。

母は、そんな父だったので、働きに出ていて、僕は小学生の頃はすごく寂しい思いをしていた。

夕方寝ていると、怖い夢を見て飛び起き、不安な気持ちでいっぱいになり、よく母の職場に電話していたことを覚えている。

迷惑がかかることは頭では理解していたけど、不安で、寂しかった。

お金がなかったから、習い事にはほとんど行ってなかったけど、

小2から始めたサッカーはそこそこ好きで、他に特にやりたいことはなかったから「行かせてほしい」とアピールすることもなかった。

中学生になって、みんなが塾に行き始めて、楽しそうだったし行きたいと少し思ったけど、

その頃家では両親がよくお金のことで揉めていたので、言うことはなかった。

僕にとっては、「家族が仲良く一緒に過ごすこと」それが一番の願いだったし、それ以外は何もいらないと思っていた。

そんな僕の願いは虚しく、両親は離婚することになった。

両親が悲しむと分かっていたからか、不思議と涙は出なかったけど、心の中は暗く、悲しかったのを覚えている。

でも、「僕と兄が大きくなるまでは両親が近くでいたほうがいい。」と、父はすぐ近くのアパートに住み、晩ご飯だけは家族みんなで一緒に食べていた。

父と母の心が離れたことは、すごく辛かったけど、

みんなで晩ご飯が食べられる。それだけで僕は幸せだった。

・もう一度サッカーを

高校生になり、高校1年の時にサッカーを辞めた。 

同じように部活を辞めた仲間たちと放課後毎日のように遊んだ。

ダンスを練習したり、バイクに乗ったり、悪いことも少ししたかな。 

でも、何かが足りなかった。

高校3年の夏。 

同じサッカー部だった仲間たちが、高校最後の選手権大会に勝ち上がってるから応援に来て欲しいと誘ってくれたので、一人で応援に行った。 

今でも忘れもしない。

土のグランドで、大雨の中の試合だった。 

土で泥だらけになりながらボールを必死に追いかける仲間の姿を見て、僕の心の奥に熱いものが込み上げてきた。 

相手チームは国体選手を3〜4名抱える強豪校で、試合には負けてしまった。 

試合に負けて泣く仲間の姿を見ながら、

僕は応援席で、一人号泣した。 

感動したのもあるけど、

それよりも「僕は何をしているんだろう?

今の自分は何にも真剣に、必死になることはなくて、なんてカッコ悪いんだ。

僕も、人生に一度くらい何かに必死に打ち込みたい。」 

そんな、自分自身への情けない気持ちから、泣いた。 

一人で、ずっと、泣き続けた。 

この時、「もう一度本気でサッカーをやろう」と決意した。 

そして、僕の第2のサッカー人生がスタートした。 

今思うと、この時の気持ちが今に繋がっていると強く想う。 

その後、福祉系専門学校に入り、3年間通ったけど、

その間、サッカーやフットサルに狂ったように打ち込んだ。 

勉強はほとんどしていなかった。

・親友の病死

もう一つ、僕の考え方を変えた出来事があった。

高校3年の時に、僕の親友が白血病で亡くなった。

重い病気になっていることは薄々気付いていたけど、彼は僕らに病名を告げることは最後まで無かった。

この時まで身近な人の死は経験が無かったから、薄々気付きながらも、

親友が亡くなることなんて想像もできなくて、見て見ぬ振りをしていた。

だから、知らせを受けた時は本当にショックだったし、後悔をした。

「もっとお見舞いに行けば良かった。」

「もっと彼との時間を大切にすれば良かった。」

亡くなる少し前に、少しの間退院していた彼がテニスをしたいと言ったので、仲の良いみんなでテニスをしに行った!

彼はしんどそうにしながらも、すごく楽しそうで、ずっと続けたがっていた。

「また来ようよ。」と言って一緒に帰り、

テニスをした帰り道、彼が酷く咳をしていて辛そうだったのは今でも覚えている。

それが彼と一緒に遊んだ最後の日になった。

あとから友達から聞いたが、その日彼はトイレで血を吐いていたらしい。

身体はそれだけ辛かったのに、それでも好きなことを仲間とやりたかったのだと思う。

学校に行くことや、運動をすること、僕らにとっては当たり前のことができない人もいる。

僕らが今生きていることも、大切な人が生きていることも、

当たり前のことでは無く、もっと大切にするべきことなんだと、彼が気付かせてくれた。

彼のお通夜やお葬式で、本当に涙が枯れるくらい泣き続け、高校3年生だった僕は、彼の分も人生を生き、人生を楽しむことを誓った。

1-2|社会人〜ニート・フリーター時代

専門学校に3年間通い、卒業した僕は、そのまま福祉職に就いた。

でも、自分の中でやりたいことではなかったし、毎日が耐えるだけの毎日で、3ヶ月で退職した。

高い学費を苦労して払ってくれた母や父を想うと、心が痛かったけど、僕には耐える強さがなかって逃げ出した。

その後は、色んなアルバイトをしたけれど、ほとんど長くは続かなかった。

アルバイトすら続かない時期もあって、自己嫌悪に陥って、

鬱状態になったこともあった。

お金もなくて、友達に借金したり、クレジットカード使いまくったり、

家の電気が止められて、友達の家に泊めてもらったこともあった。

惨めだった。

・大切な先輩との出会いと別れ

そんな中、僕を変えるキッカケとなった人と出会う。

マッサージ屋さんでアルバイトしていた時に出会った先輩Mさんだ。

Mさんは、いつも僕の話を真剣に聞いてくれて、そして僕を認めてくれる人だった。

「きゃのんちゃん(僕)、いいね〜。きゃのんちゃんならいけるよ!」

Mさんの口癖だった。

25歳になった年の1月2日、お正月に、珍しく先輩から電話がかかってきた。

「俺、きゃのんちゃんの前世ってすごい奴だったと思うんよな。
あれ、知ってる?宝蔵院胤舜!
きゃのんちゃんって、あいつの生まれ変わりだと思うんだなぁ。
だからさ、きゃのんちゃんはすげえ奴になるよ。絶対!
だからさ、頑張れよ!」 

今でも忘れない、そんな内容の電話だった。

その時は、

「Mさん急にどうしたんやろ?意味分からんわ。宝蔵院胤舜って誰や。知らんぞ俺」

そう思ったけど、口調から熱い想いだけは伝わってて、胸が熱くなっていた。

その2日後、Mさんは亡くなった。

彼女と行った旅行先で、夜中に急にいなくなり、Mさんは亡くなった。

自殺とも、事故とも、ハッキリと分からない、物凄く不可解な死だったそうだ。

少しスピリチュアルな話になってしまうけど、あの電話は、たまたまでは無かったと僕は思う。

死に向かうことを感じた先輩からの、最後のメッセージだったんだと思う。

先輩のお葬式に行き、泣きながら、

Mさんのメッセージは一生忘れません。
あなたのメッセージを信じて、僕は大きな器の人間になります。
見ててください。
必ず、たくさんの人を幸せにできるような人になります。」

僕はそう誓った。

この時をキッカケに、僕は変わり始めることになった。

今でも、壁にぶち当たった時、絶望を感じた時は先輩の声が聞こえる。

「きゃのんちゃん、いいね〜! きゃのんちゃんならいけるよ!」

先輩の言葉を思い出すと勇気が出る。

人は、誰か一人でも自分を強く信じてくれる人がいたら、
自分を信じられるのかもしれない。

僕も、そんな人になる。

先輩、ありがとう。

僕はやるよ! 

・やりたいことをやると決めた!


先輩の死をキッカケに、僕はやりたいことをやると決めた。

「人生いつどうなるか分からない。
それに、どうせ社会に適応できない人間なのだから、やりたいことをやって自由に生きよう。
そして、やりたいことで稼げる自分になろう。」

そう決意した!

そして、一番やりたいことはサッカーに関わることで、教えるのも好きだったのでサッカー指導者になることを決めた。

そして、某プロフットサルクラブのスクールコーチのバイトを始め、勉強を始めた。

夏には、イタリア・ローマへ二週間の短期留学に行き、最先端のヨーロッパで、サッカー・フットサルについて学んだ。

詐欺にあいかけたり、一人に電車に乗ったり、知り合いと合流できなかったり、良いことも悪いこともたくさん経験した。

そして、僕は28歳になった。 

1-3|スクール起業〜現在

28歳にフットサルスクールを地元でスタート!

最初は5人からのスタートで、試合すらもろくに組めなかった。

それでも、付いてきてくれる子どもたちと保護者がいて、徐々に拡大していった。

最初は小学5〜6年生だけのスクールだったけど、今ではたくさんのカテゴリーがあり、総勢100名近くのクラブになった。

また、町の総合型地域スポーツクラブでも運営や指導に関り、何とかご飯が食べていけるようになった。


スクールも、クラブ運営も、もちろん順風満帆だった訳ではなく、

人数が増えてきたと思ったら、一度たくさんの子が辞めて人数が激減して、存続の危機に陥ったこともあった。

ちょうど結婚した時期と重なって、夫婦でとても不安になったけど、

「どんな時でも二人で支え合って、乗り越えていこう。
自由に、楽しく、生きていこう」

そう誓った。

そして、いつでも僕の家族や、コアな保護者の方々が支えてくれて、また今のところまで成長してくることができた。

これから、「スポーツやフットボールの楽しさを伝える事」を続けていき、さらにクラブ拡大を進めると同時に、各カテゴリーで結果も求めていきたいと思う。

そして、

もう一つ現在取り組んでいることは、クラブのみんなや地域の人たちが集まれる。

みんなが集えて、癒され、元気になれる、コンテナカフェ」をつくること!

※カフェをつくるための土地↑

クラブは大きくなってきたけど、各カテゴリーが別の場所で練習していて、

みんなが集まれる(繋がれる)居場所がない。

みんなや地域の人たちが、気軽に集まれるあったかいアットホームなカフェをつくりたい。

現在は、その目標に向かって資金集めをしている。

僕はSNS(Twitter)を活用し、資金を集め、再現性のある方法で夢を叶えたいと思ってる。

コンテナカフェが完成するまでの過程も、価値に変え、物語としてリアルタイムで見てもらえたらなと思う。(オンラインサロンですべてを公開!)

『ドリームファクトリー』 〜新しい未来をつくる〜狩野文哉のオンラインサロン(ファンクラブ)です。camp-fire.jp

僕みたいな凡人が、どんな行動をして夢を叶えていったのか。

そこを見てもらえれば嬉しいし、

その中で、元気や希望や、夢を与えられたら、それほど嬉しいことはない。

僕のヒストリーは、始まったばかり。

これからの物語が一番面白くなるから、これからも応援してほしい。

必ずワクワクさせてみせる。

面白いものを見せてみせるから。

これからもよろしくお願いします。


第2章|フォロワー0〜1,000人に増やす方法

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